2022年11月のブログ一覧
近藤誠氏の訃報に寄せて
人の一生とは、時間というベルトコンベアに乗せられた荷物のようなものかもしれない。だれも時の流れに逆らうことはできない。
以前から『モナ・リザの左目』の出版を楽しみにしてくれていた恩師たちが、この1年ほどの間に立て続けに旅立った。それが必然だったのだとしても出版の遅れが悔やまれる。しかし当の本人が生きているうちに、原稿が日の目を見ただけヨシとすべきなのかもしれない。
先月、プロレス界のスーパー・スターだったアントニオ猪木さんが亡くなった。時期を同じくして、噺家の円楽さんも亡くなって話題をさらっていた。だが彼らのように話題になることもなく、いつのまにかあの近藤誠氏が亡くなっていたのを今ごろ知った。
近藤誠といえば「がんもどき理論」で一世を風靡した、元慶應義塾大学の放射線科の医師である。一世を風靡したといっても、彼の理論は医学界からは総攻撃を浴び続け、学内でも助教授にすらなれず、講師のままで孤立させられていたようだ。
「がんもどき理論」とは、がんには本物のがんと、がんによく似た「がんもどき」とが存在するという説である。両者はDNAが同じなので見分けがつかない。本物のがんであれば治療しても治らない。「がんもどき」なら、がんではないからそれで死ぬことはない。しかし固形がんでは、手術や化学療法、放射線などの標準治療には、延命効果がないどころか縮命効果しかない。著書でこのように断言して、センセーションを巻き起こした。
さらに彼はがん検診に対しても、世界中の最新論文を集めてその効果を否定してみせた。これは、がんは早期発見・早期治療で治る病気になったとする日本の医学界と真っ向から対立していた。そして当然のことながら、彼の主張に全面的に賛同する医師はいなかった。結局彼はほぼ孤立無援のまま、自説を貫き通して生涯を終えたのである。
今の時代、攻撃に臆することなく、自分が正しいと信じた道だけを突き進むような医師は皆無に等しいだろう。だれもが保身のために日和見的な立場を取って、それを恥じることもない。そこには患者の利益のことなど全く念頭にはない。そのため、彼を批判するのは批評家然とした医師ばかりだった。批評家とは、安全な立場に身をおいてひたすら他者の批判に終始し、自分では前向きなことは何もしない人間のことである。
しかし私は、彼の「がんもどき理論」はある程度正しいと思っている。だが実際には、がんと「がんもどき」ではなく、がんと「単なる誤診」ではないのか。つまり、がん(悪性腫瘍)だと診断されたなかに、良性の腫瘍が多く混じっているのではないかと考えている。
もしも良性の腫瘍が悪性だと診断されれば、患者は不必要ながんの治療を受けることになってしまう。すると多大な不利益が生じる。場合によっては治療死すら想定されるのだ。
残念ながら現在のがん検査では、がんかそうでないかを正確に診断できるわけではない。唯一、遠隔転移が確認されて初めて、原発巣ががんだったと診断できる。ところが転移するのを待っていたのでは、手遅れになって助からない。近藤誠の「がんもどき理論」も、がんと「がんもどき」を区別できないところがウィーク・ポイントとなっていた。
しかし私は「アシンメトリ現象」の有無が、がんかどうかの判断基準になると考えている。病院でがんだと診断された人のなかには、「アシンメトリ現象」が見当たらないことがあるが、そういう人はその後も転移がなく、がん死も起こらないようなのだ。
ただし「アシンメトリ現象」の有無の判断は単純ではない。一見すると正常に見える体でも、実際には重度の「アシンメトリ現象」が潜んでいることがある。また逆に、ひどい「アシンメトリ現象」だなと思っても、一時的な症状の場合もある。がんと「アシンメトリ現象」の関係を正確に判断するのは、なかなか困難な作業なのだ。しかしがんかどうかを正確に判定できる試薬でも開発されない限り、現状では「アシンメトリ現象」の有無が最も有効な指標だといえる。
この「がんもどき理論」とは別に、彼の功績のうち、だれにも否定できないのが乳がんの部分切除手術の推進である。今でこそ乳がん治療は部分切除が一般的だが、少し前までは胸筋ごと乳腺をすべて摘出し、リンパ節の郭清まで行う拡大手術が標準治療だった。この拡大手術に問題があることは海外の主だった国では常識となったあとも、日本では相変わらずそのままだったのである。薬害エイズのときと同様、日本の医学界は旧弊に固執するお役所的なシステムなのだろうか。
そんななか近藤氏は実姉の乳がん発症を機に、こういった国内の状況に異を唱えてみせた。ところが専門医たちからは総攻撃されてしまったのである。だが彼はひるまず抵抗を続けた。その勇気ある行動のおかげで、乳房を失わずにすんだ日本女性がどれだけいたことか。
日本の医師たちの間には、「命が助かるなら乳房がなくなるぐらいかまわないだろう」という考え方が横行していた。しかし女性にとって乳房を失うことは、がんであることとはちがった苦しみとなる。当時の医師たちには、彼女たちのクオリティー・オブ・ライフを考慮するメンタリティなどなかったのだ。
彼の「がんもどき理論」については、いずれ時代が判断するだろう。だが乳がん治療に関しての彼の功績は大いに称賛されるべきである。そして当時、拡大手術に固執していた医師たちにも、改めて猛省してもらいたい。
私も「アシンメトリ現象」の発表以来、「医師ではない者がこんなことを書いていいのか」といった口撃や、発言への妨害は受けてきた。しかし理論そのものに対する批判となると、せいぜい重箱の隅をつつく程度で、医学界から面と向かって反論されたことはない。
だが考え方によっては、批判も応援の一種だと捉えることができよう。せっかく発言しても、社会から何の反応もないことほど寂しいものはない。その点、近藤氏は幸せだったのかもしれない。そう思えばこそ、私が四半世紀も続けてきた「アシンメトリ現象」研究の成果をつづった『モナ・リザの左目』が、世の批判にさらされる覚悟は既にできているつもりである。(花山 水清)
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